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2006年5月30日 (火)

考察 団塊の世代。寺島実郎 『わらら戦後世代の「坂の上の雲」』 

  2007年問題の言葉が踊る。団塊の世代の大量退職による社会への影響を言う。

  6月議会での一般質問で市の財政問題を取り上あげようと思うが、八王子市も来年から10年以上に亘り毎年100人以上の退職者が見込まれている。行革プランでは平成22年の退職者は175人で、10年で1200人の職員が退職する。現在、職員一人あたりの平均の定年退職時の退職金が2800万。単純に年30億、10年で300億程度の退職金支払いが必要となる。

    しかし、日本全体では2006年からの4年間で定年退職者300万人が見込まれ、支給される退職金は、ナント80兆円!との試算がある。堺屋太一氏が「団塊」と名付けた塊が動くときの影響力の大きさを思い知る。

  ところで、質問の関係もあり、団塊世代について書いた寺島実郎 『われら戦後世代の「坂の上の雲」 』 (PHP新書)を読んだ。私も雑誌の連載コラムを愛読し、講演に出かけたこともある寺島氏は安定感のあるリベラルといった感じの元商社マンの論客だ。

  この寺島氏は1947年生まれの団塊ど真ん中世代。全共闘に揺れる学生時代から、10年ごとに自身が所属する団塊の世代論を書いたのが本書である。

  初期の(大学卒業当時)の文は、硬くて青っぽくて、やたら総括と言う言葉が出てきて、正直あまり面白くない。その後は、段々と読みやすく、分かり易くなり著者の円熟も感じることができた。

  実は、私自身は団塊世代にプラスイメージを持っていない。その世代の方々にしかられるかも知れないが、全共闘運動で大騒ぎして、長髪でフォークギターをかき鳴らしていたと思ったら就職時期になると途端に何事もなかったように仕事人間として要領よく社会を渡っていった世代、といった感覚だ。

  著者の団塊への筆も厳しい。「右肩あがり経済と戦後民主主義を培養液として育った私生活主義だ」と書き、「他人に厳しく自己に甘い生活保守主義者の群と化し、この世代は何かを否定したかも知れないが、社会的にはいまだに何も創造してはいない」と述べている。まあ、一言で言うと、ニューファミリー、身の回りのことだけよければ良いという身勝手世代と言っているのだ。

  1962年生まれの自分の世代も言える立場にないかも知れないが、指摘は当たっていると思う。しかし、厳しい筆が続く本書ではあるが、実は、寺島氏が言いたいのは、これで終わるな団塊世代という自らの世代へのメッセージなのだと思う。 

  国家や権力による強制ではなく、主体的参画によって公的分野を支える行動を志向することで、著者言うところの「新しい公共」を作り上げていくことができるか、これが後世、団塊が評価されるかどうかの試金石となる。

  笑ったのは、文中出てくる、残間里江子の 『 それでいいのか蕎麦打ち男 』 という本のタイトル。退職を控えて、蕎麦打ち、陶芸と内向きに個人生活にのめり込む団塊を叱咤した本の様なのだが、確かに、作務衣を着て蕎麦打ちをする人多いような、、、ちょっと可笑しかった。

  講評   ☆ 3つ半

  

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