地方自治・地域行政

平成20年2月21日

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昨日、平成二十年二月二十一日付で正式に無所属議員となりました。 

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浅野前宮城県知事 出馬表明

  今朝の寒さはホント冬に逆戻りしたようだった。八王子駅での駅頭では、久方ぶりに手がかじかんだ。

  駅頭後は本会議で先日の総務企画委員会での審査内容を委員長として報告した。

 
  さて、東京都知事選。6日に前宮城県知事浅野史郎氏が立候補を表明し、告示まで2週間のこの時期になり、主な立候補予定者が出そろった形だ。

  勝負できる候補が出て、選挙の選択肢が増えることは有権者にとって、また、当該選挙の盛り上がりという面でも良いことだ。

  浅野氏は地方自治の業界では有名な人。でも、一般の認知度はどの程度か。。

  今回の石原、浅野の都知事選の経緯を見ていると、それぞれに、駆け引き、戦略を巡らせているように思う。石原知事は、早々に3選出場を表明し、今回、自民の推薦をとるような言動をしていたが、直前に推薦辞退。

  一方、浅野氏は2度にわたる民主からの出馬要請を断り、市民グループ?の出馬要請集会に出席し、心を動かされ、出馬に至ったとの弁。

  浅野氏、昨日は民主党都議団を訪れ、支援を要請したと言う。また、石原氏は議会答弁で自民の支援に感謝を述べている。石原氏の1期目の選挙は、自民、民主の候補と戦い、本当の意味で無党派だったが。この辺りが一般の桟敷席からはわかりにくい。

  つまり無党派という看板は欲しい。しかし、実質的な政党支援も欲しい。だから、「あんたんとこは、俺以外に応援しようがないでしょ、向こうを応援することできないでしょ」と両政党とも足下を見られているような。

  同時に、民主党の対応などを見ていると、政党としてもそれで非常に助かるんだろう。不戦敗にならないし、直接傷を負うリスクを避けられるから。

 他にも、つれづれに感じる点をいくつか。他県で知事3期を務めた人が別の自治体の長に立候補、という点は?? 当初、浅野氏が「知事は卒業した。都知事選に出でる必然性がない」と語った時は、「そうだよな、この人は、物の理が分かっている」と妙に納得したものだ。

 それと、もう一つ気になるのが、「市民団体からの出馬要請や熱い思いに突き動かされた」という市民団体がどんな人たちなのか。テレビ見ている人はみんな知りたいんじゃないんだろうか。報道では一切この点が分からない。素朴に感じる疑問点。

 しかしまあ、2期を終えようとする時点で、政策の手詰まり感や、その手法に対する批判の声が強くってきた石原都政。首都東京の都知事選はもうすぐだ。

 そういえば、八王子の市議選出馬予定者も当初、現職以外ほとんどでないように言われていたけれど、50人くらいは立候補しそうだ。20代の若手や女性、妙にキャラの立った人もいるようで、なかなか多彩な立候補者による賑やかな選挙になりそうだ。こちらの方も盛り上がって欲しい。

  

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そのまんま東  当選

 昨日、統一地方選の前哨戦として宮崎、山梨、愛媛の3知事選がおこなわれた。

 官製談合による前知事逮捕に伴う出直し知事選で注目を集めた宮崎知事選は、そのまんま東が当選した。投票率は64・85%。前回プラス5・51ポイントだった。

 選挙の構図は、保守が元林野庁長官の川村秀三郎氏と、自公推薦の経産官僚持永哲志氏に分裂。川村氏は民主が県連レベルで支援。他に共産候補。そこに、元タレント、そのまんま東が絡むと言うもの。

 結果は、次の通り。 

 当266,807 そのまんま東=無新<1>

  195,124 川村秀三郎=無新

  120,825 持永 哲志=無新[自][公]

  14,358 津島 忠勝=共新

   3,574 武田 信弘=無新

  自公候補にダブルスコア、次点に7万票余りの差をつけ、そのまんま東の圧勝。開票後、3分で当確が出たとのことだ。

   自分はタレント候補には懐疑的であるのだが、当選後のインタービューを見る限りにおいては、地方行政に対してそれなりの考えを持っていて(ハッタリだけでチンプンカンであるわけではない)、無難な受け答えをしていた。

 前知事逮捕を受けての出直し知事選で、既存勢力に対する不信感が沸点まで達した中の選挙は、圧倒的な知名度の東氏にとっては、ベストの出馬環境だったことだろう。

  それにしてもダブルスコアをつけられた自公推薦候補は、もう次がないのではないか。読売新聞の出口調査では、自民支持層の35.6%が東氏に、32.3%が川村氏に、そして自民推薦候補の持永氏には27.2%しか投票していない。これでは、どうしょうもない。

 選挙戦では、有権者の気持ちと空気を上手く掴み、ピタッとハマる戦略で見事に勝利を射止めた、そのまんま東知事。

 真価を問われる中、求められるのは自分自身が変わり、県の最高指導者としてリーダーシップを発揮していけるか、ということだと思う。

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片山 鳥取県知事3選不出馬表明

  皆さん、クリスマスはどのように過ごされましたか?

  さて、ここへ来て、来春の統一地方選への進退を表明する知事が相次いでいる。岩手県の増田寛也知事が4選不出馬を表明したのに続き、鳥取の片山知事が来春の知事選への不出馬を表明した。

  1993年のゼネコン汚職で知事が相次いで逮捕され、その後登場した宮城県浅野知事、岩手県増田知事、三重県北川知事、そして片山知事は改革派と言われた。

  これらの地方自治体トップは、改革成果をあげながらも2~3期で軒並み退任していく。

  片山知事は、雑誌などでその動向を注目してきた。元々自治官僚である氏が地方自治とは、首長と住民と議会との関係はどうあるべきかを自身の考えに基づいて、そのまま実践したところが他の首長と違うところで凄いところだと思う。

  片山知事は知事就任後の議会で、議会との関係を問い、宣言した。知事が提出する議案を修正しても、否決しても良いと、しかしながら議会には、そのことに対する議決機関としての責任があると。

  なかなか言えないセリフである。全国を見渡せば、長と議会との関係を踏み越えて、議会対策に血道をあげて、与党体制を創り上げるこに、そして如何に議案を通すかに汲々としている首長体制がなんと多いことか。

  本来の長と議会の関係を示し、否決されることも厭わない、しかし、しっかりと説明し協力を求める、哲学と自信が無ければ取れない態度だ。

   全国自治体の首長提出議案の成立率は100%近いだろう。こうしたなか、鳥取県では、長提案の議案が何十年ぶりに否決され、議会での修正も珍しくないと言う。言っておくが、鳥取は、議会と全面対決した田中長野県政のような構図ではなく、共産系でもなく、いわゆる与党系が担ぎ出した候補であった。

  こうした知事の態度の結果、議会はどのように変わったか?知事がそのような考え方ならと、議会から条例案を提案し、議案を審議し修正する。政策による長と議会の競争が生まれ、協調と緊張関係が生じたのだ。

  役人の世界では、自分の部署が提案した議案が修正や否決されるなどは、絶対にユルされないというのが常識だが、首長の考えが徹底することで変わったのである。職員は「修正があってもいいんだ」と、議会は「与党体制内にあっても議案修正していいんだ」と考えるに至った。

  現在の自治体の構造は、議員が会派や党で市長候補や知事候補を担ぐ。その候補が当選する。担いだ議員集団は与党体制として、なんでもかんでも長に賛成し長を支える。この時、思考を停止し、ひたすら賛同することが正義とされ、チェック機能も住民が期待する議会としての政策立案機能も失っていく。

  議会には、「長の考えに賛成するから支援するが、その後は、住民のための視点から議会で政策論争をする」という一定の節度を持った態度が必要なのでないだろうか。

  本来であれば、議会自らがそのように変わらなければならないのだが、合議制のなかでなかなか変われない。鳥取では、哲学と自信をもった長が自らの識見により、ありうべき議会との関係に向けて振る舞う、このことが変化をもたらした。ある意味、外圧で議会が変わったのだ。 

  このような姿勢を貫くことは、摩擦も生むし、孤独な戦いでもあったと思う。それでも続けた知事はサムライであった。片山氏のこれまでの行動と自ら決した進退に敬意を表したい。

※ ブログデザイン変更しました。かつてダイバーとして憧れた中村征夫氏のデザインです。  

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外圧でしか変わらない日本、外圧でしか変わらない自治体、外圧でしか変わらない議会 を変える!

  北海道夕張市。炭鉱町として発展し、「夕張映画祭」などでも有名な人口1万3千余りの町が揺れている。

  夕張市は市財政を遙に超える約360億円の巨額負債を抱え、財政再建団体に移行することが確実に。近年では、福岡県赤池町以来の再建団体入りだ。

  再建団体となると、財政再建計画を策定し国の承認を得る。それこそ、えんぴつ1本の購入までが縛られる。今後このような事態が発生することに備え、国は自治体破綻の再建法制を2年内に導入するとしている。

  話は戻って夕張市。20年で360億円の借金を返済することを前提にまとめられた財政再建計画骨子では、① 2年間で職員数を半減、② 職員給与は次年度から30%減、③ 議員報酬は全国最低に減額、④11ある小中学校を小中各1校に統廃合、⑤ 住民税や水道使用料を引き上げゴミ処理を有料化、⑥ 市民への各種補助金の廃止やカット 等々。

 これまでの行政運営のツケとは言え過酷なものだ。住民だってたまらない。思うのは、ここまで来る前に、この何分の1でも自らの判断で実施できなかったのか、ということだ。行政は真に必要な公共サービスのあり方を示し、身の丈にあった自治体運営をすべきであった。住民にも行政に対する「おねだり精神」、「おまかせ主義」がなかっただろうか。

  首長や議会は、住民から挙がってくる声、要求には極力応えようとする力学が働く。それは間違いではないが、最早バラマキができるような時代ではない。政治のリーダーシップと役割は先を見通した上で、信念に基づき、時には住民の皆さんにも厳しいことを伝え、説得することではなかろうか。今、市政を見ていて、この部分が特に弱いと感じる。

  結局、日本の国も自治体も、自ら事を決められず、カエルが徐々に生茹でになっていき、熱ッ!と気付いてどうしようも無くなった時に、外圧によってしか変わらない。

 夕張市を他山の石として、八王子市政も議会も、そして日本も自ら改革する決意を持たなくてはならない。

 

  

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